コラム

第2巻 すみれハウス 後編 西 友里さん/四十洲恵美さん 

  • 縁のことぶれ

2号室 『絲佳』 西 友里さん

心地よい陽気が広がる日には、目にするだけでも肌ざわりの良さが感じられる衣服が入り口に並べられている「すみれハウス」の2号室。ここで、衣と手しごとの店『絲佳』を営業するのが西友里さんです。


西さんは東京都出身。東京では、アパレルの会社で主に雑貨を取り扱う仕事をされていましたが、結婚を機に金沢へ移住。県内の雑貨店やアパレルショップで働かれた後、オンラインを中心としながらも、イベントへの出店や間借りでも営業する個人販売『暮らしの衣 あじさい』を始めます。


きっかけとなったのは、自らの誕生花を名づけたブログ「あじさい」でオリジナルの子ども服を掲載していたところ、実際に売ってほしいとの声があがったからでした。当時、リネンなど素材にこだわったものが子ども服に少ないと感じていた西さんは、まずは自分の子どものことを想った布選びから始めて、縫製の知識がある母親とパターンを決めるという形でオリジナルの子ども服づくりをしていました。


時が経ち、西さんは「上の子どもが中学に上がる頃には、お店を出したい」と考えるようになります。オリジナルの洋服づくりも、お子さんが成長するにつれて好みが出始めたことから、自分と母親が着られる服づくりへと変わりつつありました。その時、以前から気になっていた「すみれハウス」にタイミング良く空きが出ていたといいます。前回の入居者だった『ME:YOU』さんが古着やセレクトアイテムを販売するブティックだったことも、ここでお店を開くイメージをしやすくなり、背中を後押しされることにつながりました。

お店には、布を扱っていることと人と人とのつながり、そして布と人のつながりへの願いを込めた「絲」と、素材が良くて長く使えるもの、そうした美しいものを意味する「佳」の二文字を結んで『絲佳』という名前が付けられました。店内には、西さんによって一つひとつ選ばれた「衣と手しごと」から感じる温もりの柔らかさが、訪れる人々を迎えてくれます。窓の外には、学生時代には造園を学んだ経験もあり、「ずっと自分がいる空間だから心地良くしたい」と手を入れたお庭が広がります。

西さんは、この『絲佳』というお店を持ったからこそ分かったことがあるといいます。

これまでのオンラインを中心とした販売では叶わなかった、実際にお客様に試着してもらうこと。ここがそれをできる場所になるとともに、オリジナルの洋服『暮らしの衣 あじさい』も、今ではここで会話を交わしたお客様をイメージして制作することも増えました。シーズン毎に決まった形式がある一般的なアパレルの服づくりとは異なり、「何年先もずっと着たいと思えるものなのか」を大切にして、少しでも納得できないところがあればつくらない時もあるという『絲佳』オリジナルの洋服づくり。例えば、次に迎える季節で着てみたい風合いの良い洋服をつくろうとする時。色や形からではなく、たとえ原価が高くとも、織元とやり取りをしながら生地選びから始めるといいます。そうした各地で培われてきた織物を用いた洋服に触れて、これまで関心がなかった人にも「実はこういう布、気持ちいいんですね」と知ってもらえることが何よりも嬉しいと西さんは感じています。

もう一つ気づかされたのは、これまでの職場や家庭とは別の居場所を持ったことの大切さでした。『絲佳』は西さんにとって、好きなものに囲まれる居心地の良い空間であり、決められたマニュアルのない、すべてを自分で選んで決めることができるお店。過去に心身をすり減らしていた時期もあったと打ち明けながらも、お店を開いてからはストレスが減っていったことを実感し、表情も変わったと周りから言われるほどになりました。


そして、お客様には子育て中の方も多く、西さん自身も子育ての悩みを自然と相談できるような場所にもなりました。自分の子どもが体調を崩してしまった時や、学校行事などでお休みさせてもらわなければならない時でも、むしろお客様から「今だけだから、絶対そっちが優先の方がいい」と声をかけてもらうこともあったといいます。


こうした『絲佳』での西さんの姿を見て、イベント出店の送迎や商品の撮影を進んでやってくれている旦那さんは、「自分は何が好きなんだろう、何が得意なんだろう」と考えるようになり、無邪気に応援してくれていたお子さんまで「一緒にやりたい」と言ってくれるようになったといいます。そして、西さん自身はお店を「無理なく続けられるのは家族の協力が大きい」という気持ちをあらためて抱きなおすことになりました。一通りインタビューを終えた後の西さんの表情には、自分にとって最も身近な家族のための洋服づくりから始まった『絲佳』らしく、これからも変わらずに原点はそこにあり続けるという想いが溢れていました。

3号室『eden』 四十洲恵美さん

「すみれハウス」へと続く路地を進んでいくと、最初に出迎えてくれるのが3号室にあるスープのお店『eden』です。ここでオープンして以来、数多くの人に親しまれ、今では「すみれハウス」の看板と言えるお店となっています。


美味しいだけでなく、優しい気持ちになる『eden』のスープ。何よりも知りたかったその理由を、店主である四十洲恵美さんは、次のように答えてくれました。

「見つけた食材をもったいないから無駄にしないように。あんまり技術もないので、手もかけられないから簡単な調理方法で、時間を惜しまずにつくる。あわてないで。」

話はまず、恵美さんが『eden』を始めようとしていた頃のことから。当時は、すごく具体的なイメージはなく、「何がしたいか」ということだけが決まっていたといいます。食材をできるだけ無駄にせず、子どもからお年寄りまで食べられるものは何か。考えた先にたどり着いたのがスープでした。それを一人でする小さいお店をしたい。そして願わくはペット同伴もできるお店にしたいと、これだけのイメージを持っていたといいます。

「すみれハウス」に出会ったのは、2019年。翌年3月にはお店をオープンします。まだ十分に手本の見つからなかったスープのお店でしたが、慣れない喧騒に疲れた時、手軽に食べられて癒される経験をした都内のスープ専門店から得たコンセプトを糸口に、手探りの営業をしていました。しかし、時はコロナ禍に。営業も最初はモーニングとランチの時間帯どちらもオープンしていましたが、テイクアウトのみになってしまいます。


ただ、このような状況になったからこそ、本当に長く続けていくなら無理ではないかと感じていた営業の形を見直すことになります。そして、時代の情勢を見つめるとともに、自分の体力や気持ちと相談することで、最初に意識していたお店のコンセプトから、ゆっくりとここで過ごす時間を楽しんでもらえる方がいいのではないかと考えるようにもなりました。


まずは週5日していたモーニングを2日にして、ランチメインの営業に。ランチではコロナ禍でできた時間を使って挑戦した手作りのパンやケーキを取り入れたコースを始めます。その後は、時間をかけて料理をつくることに向き合い、どんなお客様でも家族のように接することができるようにしたいと、大変だった洗い物を父親に手伝ってもらいながら、週に4日のランチを中心とする現在の営業の形に落ち着きました。

次に尋ねたのは、お店を開くことになるまで恵美さんを動かしたことは何だったのかということ。深く根底にある出来事として、十数年もの間、自らの母親の介護でスープをつくっていた体験があるといいます。それは、『eden』というお店の名づけに大切に秘められることになる出来事でもありました。

ある時、一生続くと思っていた母親の介護が当然終わりを迎えます。恵美さんはどうしようもない虚脱感に襲われますが、そこから立ち直るために、なんでもいいから働きに出ようと、オープンニングスタッフの募集をしていたフランス料理店で働くことに。しかし、大きなショックからの反動からか、とにかく目まぐるしく働きましたが、気がつくと再び自分を見失うことになっていたといいます。それを見かねたお店のマネージャーが、「自分が楽しいと思えることを残りしてみたら」と言葉をかけてくれ、そこで初めて自分がつくったものを出すことは楽しいのではないかという気持ちが芽生えることになりました。

食べることに楽しみを持てない誰かのために、自分の手でつくったスープを出すお店。『eden』では実現したい様々なことがあるといいますが、最終目標は、普通に食事を食べられない方をサポートできるようなお店になることに変わりはないといいます。イベントでは嚥下食としてのスープをつくってみたり、食事制限のために何を食べて良いか分からないと駆け込んできた方に、その時のメニューにあった消化に優しいスープを提供したりしたことが、恵美さんに“食と福祉”のテーマをより強く印象づけることになりました。これから時間はかかるかもしれませんが、車椅子の方や補助犬が同伴でも安心して来てもらえるような場所になることも目指しています。


「すみれハウス」に『eden』をオープンさせて今年で4年目。恵美さんにとって、ここは「つながる場所」だったと振り返ります。決して自分はこれまでつながりを求めるような人ではなかったと本音を口にしながら、変わらないと思っていた人の本質がいつでも変わることができること、失敗してもまたいつでもやり直して頑張れること、頼ったり頼られたりすることの楽しさや自分をゆるめてあげることなど、『eden』でのつながりから知ることができた、お店をして良かったと思えることは数え切れません。


しかし同時に、ここは自分の中では「舞台」でもあり続けてきたといいます。この華やかな場所に立つために、営業時間外でもキッチンに立ち、スープづくりの準備をする恵美さんの姿があります。お店を続けることと自分がやりたいこと、そして、本当の自分を出すということを両立させるのはなかなか難しい。ただそのような時に恵美さんは「自分の中の言葉を聴いてあげる」ことを大事にしたいといいます。それは食べることにも通じていて、「自分のカラダに聞いて、ほしいと思ったものを食べればいい。そう気づいた」といいます。今たしかに変わりつつある自分自身のこと。それに合わせて、少しずつ『eden』のかたちも生まれ変わっていく。それでも恵美さんのつくるスープは、これからも訪れる人々を優しく満たしてくれるものに違いありません。

文=神野元次郎